NHK「みんなのうた」に東京事変が書き下ろした『ふつうとは』。
普段私たちが使う「ふつう」という言葉の意味を、多様に使われるシーンから感覚的に綴られています。
いったい「ふつう」とはなんなのか?
そんな不思議な言葉を歌詞を元に紐解いていきます。
矛盾する「ふつう」
いつも通りである「ふつう」
毎日同じように安心繰り返したいよ
作詞:椎名林檎
まず、「ふつう」には「いつも通り」という意味があります。
歌詞の言葉を借りれば、サプライズがなく、同じことを繰り返す日常が「ふつう」の一つの定義です。
昨日と同じように、大きく心を脅かされたりすることのない今日が終わることこそ「安心」であり、それが「ふつう」なのです。
無常である「ふつう」
おいしい瞬間そっと捥いで召しませ無常
甘苦いです 人生です 「結構な御点前」
作詞:椎名林檎
無常(=世の中が変わっていく)は先ほどの「いつも通り」という意味の「ふつう」とは矛盾する気もします。
しかし、甘いことも苦いこともあるのが人生であり、それが「ふつう」です。
ここでいう「おいしい瞬間」のように心が動く瞬間があることこそ「ふつう」。
毎日が同じであることはもはや「ふつう」ではないんですね
「平家物語」にも「諸行無常」という言葉が出てくるように、昔から無常であることが「ふつう」だとされていることが分かります。
「ふつう」が続かないことが「ふつう」であるとは、なんとも不思議なものです。
一般的である「ふつう」
普通に好き 可愛い
作詞:椎名林檎
威嚇しているレッサーパンダの画像を見たことがありますか?
これは誰が見ても可愛い。
その可愛さや好きになる所以を論理的に紐解こうとしたところで、老若男女問わず「可愛い」は「可愛い」し、「好き」なもんは「好き」なんです。
このように、理由や条件もなく一般的な「好き」であることを、歌詞中では「普通に好き」と言っています。
孤高の「ふつう」
威嚇中の笑顔はプライスレス
レッサーパンダは レッサーパンダ科 レッサーパンダ属
作詞:椎名林檎
ネタなのか大真面目なのか判別がつかない、シュールな歌詞。
「プライスレス」というのは一般的に「お金で買えないほど素晴らしい」という比喩で使われます。
私が子供の頃にマスターカードのCMで使われて流行った言葉でもあり、小学生たちが意味も分からず「それプライスレスじゃん」などと言ってました。
また、レッサーパンダはレッサーパンダ科レッサーパンダ属に分類され、さらにレッサーパンダ属にはレッサーパンダしか分類されていません。
プライスレスに可愛らしくて、孤高な存在であるレッサーパンダ。
そんなレッサーパンダを「”ふつう”に好き」と言ってしまうのは、先ほどの「一般的な」という意味での「ふつう」と矛盾するような気もします。
結局「ふつう」とは
丁度いいのが「ふつう」
以上のように、「ふつう」という言葉の裏には全然普通じゃない背景があることもあります。
それがよく表れているのがこちらのフレーズ。
鰹節と昆布の御御御付けはいつだって
柔らかく澄んでいます 滅茶普通の味
作詞:椎名林檎
お出汁の効いた御御御付け=お味噌汁は日本人にとっての普通の味です。
しかし、粉をお湯で解いてスープが作れるこの時代に、わざわざ出汁を2種類も使って汁物を作るなんて、果たして「ふつう」と言えるのでしょうか。
こういった、本人が普通だと思っていても、違う視点から見ると普通じゃないようなことがたくさんあります。
さらに、
全部丁度いいのを愛しているだけだ
もう黙り込むくらいに当たり前の強さ
作詞:椎名林檎
ここのフレーズに矛盾を含んだ「ふつう」の全てが詰まっています。
レベルが高かろうが、矛盾していようが、その人にとって「丁度いい」ものがその人の「ふつう」なのでしょう。
具体的に喩えれば、平均とか、流行とか、性別や年齢とか、そういったものにくっついてくる「ふつう」は「ふつう」ではなく、その人にとって当たり前であることが「ふつう」。
普遍的な「ふつう」は存在しないのかもしれません。
変わらず変わり続けるのが「ふつう」
さあ約束してもっと夜の間瞑っていても
何も変わらないで変えないで僕はずっと
このままで居たいです 普通でしょ
作詞:椎名林檎
今までの考察を考慮すると、ここでいう「変わらない」は複雑な意味を持っているのだと思います。
だって、夜寝る前の自分と全く同じ状態・状況で「変わらない」というのはあり得ないですよね。
お腹は空くし、歳は取るし、陽は昇るし
そういった「無常」を含めて、当たり前に変わり続けることを、「僕」は「変わらないで」に含めているのでしょう。
なんとも難しい願望のようで、実際はそれが普通になっています。
明日事故に遭う可能性だってあるし、そうしたら今まで「ふつう」だった生活が「ふつう」ではなくなるのです。
当たり前が当たり前のままで変わらず、然るべき状態が変わっていくのが「ふつう」。
「ふつう」とは矛盾して然るべきもので、私たちが思っているより難しいものなのかもしれません。
おまけ:言葉遊び
東京事変の歌詞は、しばしば巧みな言葉遊びが見られます。
今回は、「ふつう」という普通な言葉に複雑な背景が絡み合っていること自体が、もはや言葉遊びですがね…。
抹茶
「結構な御点前」
作詞:椎名林檎
お抹茶を点てていただいた感想としての決め台詞(?)として「結構なお点前です」「大変結構です」が有名です。
まぁ実はそんなに言わないという説もありますが…。
きんきんに冷やして固くなった抹茶のアイスを、スプーンでつついて柔らかくする様を「お抹茶を点てる」ことに見立て、それに対して「結構なお点前」という返しをしているのが言葉遊びとして面白かったです。(小並感)
レッサーパンダ
笑顔がプライスレスだと言っている割に、その名前が「”レッサー”パンダ」。
「レッサー」は小さいとか劣ってるという意味で、「ジャイアントパンダ」に対して小さいから「レッサーパンダ」という名前になりました。
プライスレスな笑顔を持った生き物の名前に「レッサー」を冠しているところが、なんとも皮肉です。