昨年亡くなった筒美京平さんが作曲を手掛けた「木綿のハンカチーフ」。
歌詞は筒美さんとよくタッグを組んでいた松本隆さんが手がけました。その歌詞は解釈が様々で、具体的な描写が多いわりに聴く人によって違う情景が映るようです。
大きなテーマ
ホメオスタシスとトランジスタシス
ホメオスタシスとトランジスタシスとは、アニメ「エヴァンゲリオン」での赤木リツコのセリフに登場します。いわく、「今を維持する力と変えようとする力」とのことですが、そのあとに加持という男性が「男と女だな」と続けました。
変化する男と、現状維持を望む女。
この「木綿のハンカチーフ」という曲の歌詞の大きなテーマは、まさにこのホメオスタシスとトランジスタシスにあると思います。
変化する男と、現状維持を望む女。
さらにこれって、現代にも通ずるものがありますよね。男女平等に敏感な空気をはらむ現代でも、やはり男女の恋愛傾向に関してはどうしても「違い」が生まれます。どんなにジェンダー平等が叫ばれようが、生物的にそうなってしまうのは仕方ないのかもしれませんね。
変化する「ぼく」、変化を拒む「私」
この曲では具体的に、「ぼく」と「私」が遠距離恋愛の中で変化する心情が描かれています。「旅立つ=春」「半年」「木枯らし=冬」という言葉から、「ぼく」の旅立ちからの約1年間を描いているのではないかと解釈しました。
歌詞は男女の心情が交互に描かれ(恋人よ~が男、いいえ~が女)、歌詞の中に出てくるのは「ぼく」=「あなた」と、「私」=「君」です。
都会に一緒に染まりたい「ぼく」、ただ会いたい「私」
都会で流行りの 指輪を送るよ
君に 君に似合うはずだ
いいえ 星のダイヤも
海に眠る真珠も
きっと あなたのキスほど
きらめくはずないもの
作詞:松本隆
「ぼく」は新しい場所で「君」に似合うものを探そうとする。
しかし「私」はそれを拒み、変わらぬ「あなた」を望む。
「ぼく」は、都会での煌びやかに見える生活を「君」と過ごしたかったのではないでしょうか。「君」に期待していた反応としては、
都会ではこんな素敵なものが流行っているのね!私もそっちに行きたいわ!
というものだったのだと思います。『君に似合うはずだ』という、恋人を想うフレーズがあるため、少なくとも単に自慢したくて言っているわけではないでしょう。
対して「私」はというと、
指輪を送られたってあなたとのキスじゃないと満たされない
と言いたげな様子です。これは単にキスがしたいというよりも、ただ会いたかっただけなのではないかと思います。「木綿のハンカチーフ」が発表された1975年に比べてテクノロジーが大きく発展した今でも、キスは会ってしかできませんからね。
変わった自分を受け入れてほしい「ぼく」、それを拒む「私」
恋人よ いまも素顔で
くち紅も つけないままか
見間違うような スーツ着たぼくの
写真 写真を見てくれ
いいえ 草にねころぶ
あなたが好きだったの
作詞:松本隆
「ぼく」は都会に染まり、立派に働く姿を「君」に見せようとしています。そして変化しようとしない「君」を良くは思っていない様子です。スーツを着た写真を送ったことで「君」に期待していた反応は
都会の人って素敵なのね!私も都会に染まるあなたに見合うようにしなくちゃ!
だったのでしょう。やはりこの部分でも「ぼく」は「君」を大事に想っていて、都会に来ないまでも”こちら側”に来てほしいと思っていたのかもしれません。
対して、「私」が好きなのは、田舎に居たころの素朴な「あなた」。ここでも「私」は、「あなた」の変化を望んでいないことが分かります。気持ちのすれ違いが顕著になってきましたね。。
素直に別れを受け入れる「私」
恋人よ 君を忘れて
変わってく ぼくを許して
毎日愉快に 過ごす街角
ぼくは ぼくは帰れない
あなた 最後のわがまま
贈りものをねだるわ
ねえ 涙拭く 木綿の
ハンカチーフ下さい
作詞:松本隆
変わっていく恋人の姿と言葉に「いいえ〜」で語り始めていた「私」。しかし、最後の『僕は帰れない』、つまり別れの言葉に対しては素直に受け入れています。従順で受け身的な女性という印象を受けます。
ただ、最後の『涙拭く木綿のハンカチーフください』には、冷たい怒りのようなものを感じました。言ってしまえば、
お前が捨てた女の涙ぐらいお前が拭けよ
とも聞こえるのです。
「私」がずっとほしかったのは、贈り物ではなく”変わらないあなた”。でも「あなた」は変わってしまった。「あなた」はもう自分の元へは帰ってこないことを悟り、最後のわがままとして「木綿のハンカチーフ」をねだりました。
変わってしまった「あなた」を叱りつけるでもなく、ただ「あなた」を想って流れる涙を拭くハンカチを寄越せと。
結局、男と女どっちが悪いの?
正直、どっちも悪いしどっちも悪くないと思います。
タイミングが悪かった。
相性が良くなかった。
ただそれだけでしょう。
「ぼく」サイド
全然会いに行かない男性を責めることもできますが、仕事に一生懸命だったと言われればそれまでです。自分は野心を持って日々成長しているのに、変わらぬ「ぼく」を求められる関係に違和感を抱いていたのかもしれません。
『くち紅もつけないままか』という問いかけはもしかしたら
ぼくのことばかり考えていないで、君も何かに没頭してみたらどうなんだ
という、呆れまじりの提案だったのかもしれません。
何度も「君」に”こちら側”に来るよう求めていたのに、「君」は変化しようとしないばかりか自分に対しても不変を求めてくるのですから、居心地が悪かったことは想像に難くないですね。
「私」サイド
全体的に健気な印象を受けます。
贈り物はいらない、ただ変わらぬあなたに会いたい。
「あなた」と田舎で草に寝転んでゆったりとした時を過ごしていたのでしょう。それが、「あなた」だけ都会で目まぐるしく変化し、置いて行かれている気持ちもあったのかもしれません。だから頑固に「♪いいえ」なんて言って変わっていく「あなた」を否定してしまっていたのかもしれませんね。
私を置いて行かないで
これがもし、「あなた」が都会に行かずに地元に残ってバリバリ働いていたら、「私」はこんなに意固地になって「あなた」の変化を拒まなかったと思います。
「あなた」が遠い未知の世界で、自分の知らない人になっていく不安があったのでしょう。やはりこれは女が悪いとかではなく、タイミングとかの問題だったのだと解釈しました。
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