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【考察】BUMP OF CHICKEN「ラストワン」-タイトルの意味や「希望の約束」について考察してみた

「RAY」というアルバムに収録された『ラストワン』という楽曲。

リリース当時まだ学生だった私には、あまり意味が分かりませんでした。

でも、大人になって聴いてみると、共感の嵐…。

ということで、学生の私にも分かるようにフレーズの意味を考察して解説しました!

「希望の約束」とは

約束が欲しかったんだ 希望の約束が

そのためなら 全てを賭けられる様な

作詞:Motoo Fujiwara

職業も住む場所も自由な現代人は、「何のために生きているか分からない」と嘆きがち。

でもそれもそのはず。

大企業に就職したって、結婚したって、子どもを持ったって、幸せになれる確約はないんです。

この「希望の約束=幸せになる確約が欲しいというのは現代人ならではの願いですよね。

「そんな風に」とは

それがある誰かさんは ぎりぎりで大変なんだって

それがないからといって そんな風に見ないで

作詞:Motoo Fujiwara

「それ」=「幸せ」と解釈しました。

学歴にコンプレックスを抱えた人は、高学歴の人が幸せに見えます。

婚活がうまくいかない人は、既婚者が幸せに見えます。

でも自分にとって幸せに見える人でも、実は苦悩を抱えていたりするんです。

「そんな風に見ないで」というのは、たとえば既婚者が独身者に「自由で羨ましいなあ」って言ったりとかじゃないですかね。

既婚者からしたら独身の自由さはもう得られないものなので羨ましいけど、独身者からしたらそれは皮肉でしかありません。

何にイライラしてるのか

一日中何してたんだっけ イライラしたのは何故だっけ

受け入れたような顔をして 欲張っているんだろうな きっと

作詞:Motoo Fujiwara

「受け入れる」というのは、「それがない」ことを受け入れているのでしょう。

学歴で例えると、「学歴なんて関係ない、一生懸命仕事しているのだから」とか。

でも結局「欲張って」しまうんです。

大卒の方がいい仕事いっぱいあるなぁとか、高学歴の人が不幸になればいいのにとか。

そんなこと考えても意味がないのにイライラしてしまい、なんでイライラしてるのかすら分からなくなってしまいました。

きっと 何度でもなんて無理なんだ 変われるのは一度だけ

鏡の中の人に 好きになってもらえるように

作詞:Motoo Fujiwara

「鏡の中の人」は自分のことですね。

現実は、望んだらなんでも得られるとか、何度でも人生を変えられるわけではないのです。

自分と世界

笑ってもらえなくてもいい 笑えるようになれたらいい

嫌いな自分と一緒に 世界まで嫌わないように

作詞:Motoo Fujiwara

他人の評価より自分の評価。

自分のことを「笑ってもらえる=受け入れてもらえる」のではなく、自分が今生きている世界を笑って過ごせることを考えるべきだと解釈しました。

学歴の例でいえば、やっぱり高学歴の人が就職や転職で有利なのは事実ですよね。

でもそういう社会に受け入れてもらえなくても、自分が納得できる生き方を自分なりに見つけていくしかありません。

「どうでもいい」

どうでもいいという言葉 どうにも主張しがち

傷付けたいのかもしれない 仲間探しかもしれない

作詞:Motoo Fujiwara

確かに「どうでもいい」って言葉は主張が強いですよね。

自分が熱心に語るものに対して「どうでもいいw」って言い捨てられると結構傷つきます。

流行についていけない人同士が「誰これ?」「何がいいの?」と言い合っているシーンがまさにこのフレーズにピッタリです。

現代にありがちなこと

何もない誰かさんが 何かを見つけたんだって

くだらないって誤魔化した その時間がくだらない

作詞:Motoo Fujiwara

今はSNSで簡単に発信ができるので、「何もない」人でも絵や歌などいろんなもので有名になることがあります。

それに対してちょっとした嫉妬心が芽生えたり、それを「くだらない」とか言って誤魔化したり。

バズったツイートに変なリプを送っている人はまさに、「その時間がくだらない」です。

動こうとしない理由並べて 誰に伝えたらどうなるの

周りと比べてどうのじゃない 解っているんだ そんな事は

作詞:Motoo Fujiwara

結局みんな生きる意味がほしい。

何者かになりたい。

でも嫉妬したり中傷するばかりで自分は何もしようとしない人が多いですよね。

ネットで有名な人って、別にその業界での技術がナンバーワンなわけではないです。

それでも賞賛されて有名になったりしますよね。

だから別に「周りと比べてどうのじゃない」んですよ。

自分より上手な人がたくさんいたとしても「動こうと」した人が、「希望の約束」を得られるんですよね。

傷ついても影響はない

どれだけ傷付いたって 誰にも関係ない事

鏡の中の人とだけ 二人で持っていける

作詞:Motoo Fujiwara

そしてその「動こう」として行動に移したら、いろいろ傷つくことはあります。

上手くいかなかったり、批判されたり。

でも傷ついたことを知っているのは自分だけ。

今後の活動には影響はないんです。

何のために生きている

何でちゃんとお腹が減るの 何のために息は続くの

明日もきっと生きているよ 誰にも関係ないままで

作詞:Motoo Fujiwara

「何のために生きているのか」ということですね。

生きる意味は分からなくても結局命は続いていきます。

「何もない」自分だからこそ「誰にも関係ない」んですね。

「甘えていた」とは

約束が欲しかったんだ 希望の約束が

それがないという事に 甘えていただけ

作詞:Motoo Fujiwara

ある意味「下の立場だから」言いたい放題できるってこともありますよね。

「恵まれてなかったから私は仕方ないんだ!支援しろ!」

「低学歴で大変なんだ!高学歴ももっと苦労しろ!」

「既婚者は幸せなんだからちょっとは痛い目見ろ!」

…みたいな。

何もないという「不幸」を肩書にして、言いたい放題な人はネット上にゴロゴロいるなぁと思いました。

同情を引くのはラクなんですよ、苦労して自分の現状を変えなくていいからね。

同情は何の努力もせず共感を得られる麻薬みたいなものなのです。

それに「甘え」ず、ちゃんと自分に向き合いましょう

泣けない=自分を大事にできない

大声で泣き出したいよ 慣れてなくてうまく出来ないよ

嫌いな世界と一緒に 自分まで嫌わないように

作詞:Motoo Fujiwara

泣くことに慣れていない。

あまり自分の気持ちを大事にできていないことの表れでしょう。

自分が感情を素直に表出することを、自分が嫌いな人はなんか許せないんですよ。

逆に、自分を嫌いな人は「泣くことを許す」ことから始めてみると少しは自分を嫌いじゃなくなるかもしれませんね。

なぜ「一度だけ」なのか

何度でもなんて無理なんだ 変われるのは一度だけ

鏡の中の人と 交わした希望の約束

作詞:Motoo Fujiwara

冒頭で「希望の約束=幸せになる確約」と解釈しました。

幸せになる一番の方法って、自分を大事にすることなのかもしれません。

だから鏡の中の人=自分との約束なんですね。

「変われるのは一度だけ」というのは、自分を大事にできたらもう嫌いな自分には戻れないということ。

つまりは先ほどの「下の立場だから」という”言い訳”が使えなくなるってことです。

「ラストワン」の意味

変わらないままの人と 鏡の前で向き合えるように

そう変わるんだ 一度だけ変わるんだ

そう変わるんだ

作詞:Motoo Fujiwara

「変わらないまま」と「変わるんだ」で矛盾しているように見えます。

が、そんなことはないんです。

「変わらないままの人」というのは、素直な自分の気持ちを大事にする、いわばありのままの自分

そんな自分の気持ちと向き合うことは、自分のことが嫌いな人にとって「自分を変える」ことでもあります。

さっきの「泣く」という行為もそうですね。

気持ちに素直になって「笑える」ように、「泣ける」ように。

誰かと比べて何かを持っているとか優位であるとかじゃなく、自分を大事にできることが「ラストワン=幸せになる最後の手段」ということなんじゃないでしょうか。

「誰かの評価でなく、自分がどう思うかが大事」

…なんて直接的に言われても、なんかしっくりこないというか、正論なのは解ってるけどピンとこないですよね。

そういった表現を絶妙に刺さるフレーズで表現できる藤くんの歌詞が大好きです…。

コメント

  1. […] 鏡は『ラストワン』という曲にも登場するので、考察も読んでみてください。 […]

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