【歌詞考察】竹内まりや『純愛ラプソディ』は綺麗事なんかじゃないと大人になって思えた

スポンサーリンク

「人を好きになれただけで幸せだった」

学生時代の私にとって、こんな考え方は「綺麗事」としか思えませんでした。

でも、大人になって初めて失恋したタイミングでこの『純愛ラプソディ』を聴いたとき、「あ、分かるなぁ」って思えたんです。

今回は失恋ほやほや(笑)の私が、竹内まりやさんの『純愛ラプソディ』の歌詞について、「私」の性格報われない恋を考察していきます。

泣いちゃう。

恋をして変わる毎日

「私」の性格

明るいだけが取り柄でも

私だって命がけの恋に憧れることがある

ドラマティックな出来事は

起こるはずもないくらいに平凡を生きてきた

作詞:竹内まりや

「私」は、明るい性格の女性ようです。このあとサビの最後に「タイムカード」というワードが出てくるので、おそらく社会人ですね。

ドラマティックな出来事が起こり得ないのは、環境のせいではなく「私」自身の性格ゆえだと思います。平凡な人生だとしても、チャンスを生み出そうと思えば生み出せますからね。

たぶん彼女はナンパにもついていかないし、一人バーで佇むなんてこともしない。イケメン店員に話しかけることも、推しにDMでアタックすることもしない。

恋に恋する女

恋に恋する割に、「私なんて平凡でいいの…」となんのアクションも起こさないタイプですね。

…お説教臭くなっちゃいましたが、私だってそうなんですよ。ドラマティックな出来事が起こりそうな場面でも、ビビって身を引いてしまう。だからこそこの歌詞に共感したんですけどね。

『純愛ラプソディ』というタイトルからも見えるように、「私」は控えめで純粋で、人付き合いのために明るく振る舞っているタイプだと思います。おそらく日本人の女の子は彼女のようなタイプが多いのではないでしょうか。

毎日が輝き出した①

あなたとの出逢いの日を境にして

すべてが輝き始めて 想いは募るばかり

作詞:竹内まりや

「好き」という感情を認めると、もう止まれなくなってしまいますよね。

どこに行っても「あなた」と行きたいなと思うし、辛いことがあれば「あなた」に聞いてもらいたいなと思う。

『すべてが輝き始めて』というのは、当たり前ですが物理的に発光しているわけでも、視覚的に光度が高くなるわけでもありません。すべてにおいて「あの人と一緒だったら素敵かも!」と思いこんで、すべてが輝いているように錯覚してしまうだけなんです。

「恋は盲目」と言いますが、輝きすぎて目が眩んでいると言った方が感覚的に近いのかもしれませんね。

よくあることですが、こんなに期待をしすぎると、失恋したときにポッカリ穴が空いちゃうんですよね…なーんて、分かっちゃいるけど止められない。それが恋ってものです。

好きな人に、好きな人がいた

愛し方何ひとつ知らないままで

飛び込んだぬくもりは他の誰かのものだけど

作詞:竹内まりや

ずっと明るい系のキャラだった「私」は、おそらく積極的にロマンティックなことをしてこなかった。それはキャラに合わないというのもあるでしょうが、恥ずかしかったり、別世界の出来事のように感じていたのかもしれません。

そんなこんなで「愛し方」が分からないまま「あなた」に恋をしていたら、「あなた」には「他の誰か」がいた。おそらく結婚を考えている彼女、または結婚相手だったのかもしれませんね。ここらへんの考察は後ほど出てきます。

『ぬくもり』というワードから、「私」と「あなた」はまぁまぁ深い仲だったんじゃないかと思います。少なくとも、「一目惚れであまり話したことないけど見てるだけで幸せ!」程度ではなく、「付き合えるかも?」くらいの仲ではあったようです。

毎日が輝き出した②

タイムカードを押すたびに

ふと感じる物足りなさ いつしか消えてたの

作詞:竹内まりや

タイムカード、最近はあまり見ませんね。

『タイムカードを押すたび』というのは、退勤の時間を表しています。退勤後、

「飲み会!」「デート!」「合コン!」「コリドー!」

と華々しく飛び立っていく世間の女子たちを尻目に、平凡なアフターシックスを過ごす自分の生活に『物足りなさ』を感じていたのでしょう。

で、恋をした「私」はおそらく、退勤後に自分磨きをしに行ったり、「付き合ったらこんなとこでデートしたい!」と妄想したりしながら帰路についていた。恋をすることで、退屈ではなくなっていたんですね。

あるあるですが、こんなに期待しすぎると(以下略)


恋はいつでも報われない

恋愛において「主役」になれない

恋の舞台に上がっても

脇役しかもらえなくて セリフはいつでもひとり言

作詞:竹内まりや

これね、すごく分かるんです。

学生のときから、好きな人には他の好きな人がいたり、彼女がいたり、元カノが忘れられなかったり。

…だったら私に思わせぶりな態度取らないでよ!

って何度思ったことか…笑

でも、恋をしている人はきっと素敵に見えてしまうものです。それに、恋愛対象でない相手にほど余裕があるから「冗談のつもり」で恋人のようなノリで接してしまうのも、分かる気がするんです。

いつか恋の舞台の主役になって、思い合える人に出会えればいいんですけどね。報われる恋ばかりではないのが現実であり、人生なんですよねぇ…。

略奪はできない「私」

見えぬ鎖につながれた

あなたの心奪うのは ルール違反でしょうか

作詞:竹内まりや

『ルール違反』というフレーズから、やはり相手には結婚相手がいるのかも?と考察しました。

浮気にしろ不倫にしろ心を奪われる方が悪いのですが、不倫だと慰謝料取られちゃいますからね。一応お国のルールに違反しちゃいます。友人が知らぬ間に不倫関係になっていた男性の奥さんに請求されていて「ガチなんだ!」と思い知りました。

『ルール違反”でしょうか”』というフレーズからも、純粋で真面目な「私」の性格がうかがえます。奪えるもんなら奪っちゃえばいいのに。…奪えるものならな。

自分だけ報われないのかもしれない

もっと早く出逢えていれば

遅すぎためぐり逢いを 悔やみながら

過去にやきもち焼いたって

戻せない時までは

作詞:竹内まりや

やはりここからも、「あなた」は結婚していることがうかがえます。正直、彼女がいる程度だったら「二人は倦怠期かも!」とむしろチャンスにさえ思えますが、結婚はさすがに壁が高すぎます。だから『遅すぎた』『悔やみながら』という、諦め色強めのワードが出てくるのでしょう。

『遅すぎた』というワードからは、「私」の思慮深さも感じました。「あなた」結婚する過程は一朝一夕のものではなく、片思いして、結ばれて、プロポーズして…という長い過程があり、その間にいろんな問題を乗り越えて絆を深めてきたであろうことが想像できます。

安易に「不倫でもいいから付き合ってー!」と飛びつくのではなく、冷静に『遅すぎためぐり逢い』にまで思いを巡らせることができる、聡明で健気な女性ですね。し、しあわせになってくれー!

追い打ちのように周りが結婚してゆく

片づいてゆく仲間達に ため息

どこまでも 主役には なれない私

作詞:竹内まりや

嫌だ!辛い!やめて!笑

それこそ、私も年齢的に周りが結婚していきました。

私自身、「結婚しなきゃ!」という焦りはないのですが、
「好きになった人と結ばれないのは私だけなのでは?」
「私は一生キープ止まりの女なのでは?」
と思って辛くなるんですよね。

歌詞の言葉を借りれば、「恋の舞台に上がっても、主演を張れないのは私だけなのでは?」という焦り。悔しさ。そして諦め。

もちろん恋愛だけが人生じゃないのも分かるし、結婚したからって幸せとは限らないのも分かる。でもさ、持たざる者が持てる者に対して嫉妬や焦りを抱くのも自然なことじゃないですか。

だから別に強がって”本当は結婚したい自分”を抑えなくていいと思うんです。そしてこの後のフレーズからも、素直に恋を認めた「私」の前向きな姿がうかがえます。

強がりでも綺麗事でもなく

失恋の痛みを知って

でもいいの

人をこんなに好きになり

優しさと強さ知ったわ それだけで幸せ

作詞:竹内まりや

こんなの、学生時代の私だったら「綺麗事だ!」としか思いませんよ。というか今でも100%共感できるわけじゃないです。

でも、片思いと失恋を経て学んだことや大人になったなぁと感じることは多いんですよね。

まだまだ人を好きになれること。
自分の努力不足でなく、タイミングで報われないものもあるということ。
好きになったら確かめておくべきこともあること。
慰めてくれる友人がいること。


失恋の悲しみを知ったから人に優しくできるし、辛い経験があるほど人は強くなれます。

私はまだやっぱり『それだけで幸せ』と言えるほど大人ではないです。でも、昔失恋した時は、もう傷つきたくなくて「恋愛や結婚なんてしなーい」と意地を張ってた私が、人を好きになる気持ちを素直に認めてきちん大人になる機会をもらえたことは幸せなことなのかもしれない!と、このフレーズを聴いて前向きになれました。

「さよなら」は間違いじゃなかった

形では愛の深さは測れない

さよならが永遠の絆に変わることもある

作詞:竹内まりや

「恋人」や「夫婦」になれなくたって、「好きだった」気持ちは嘘にはなりません。別れる理由がなくてなんとなく付き合ってる人たちもいる中で、こんなにも好きだという気持ちがあったことは、素敵なことなんですよ(大声)!

『さよならが永遠の絆』ってフレーズも、救われますよね。間違った選択肢じゃなかったんだって。

付き合えない相手だと分かっていてもズルズル会ってしまったり、都合のいい女に成り下がってしまう人だっているわけじゃないですか。バカにするわけじゃないし、なんなら気持ちは痛いほど分かる。でも、そんなことをしても付き合えないものは付き合えないんですよ。「友達止まり」の異性を思い浮かべてみてくださいよ。どんなに人として尊敬していても、付き合えないでしょう?
そういうことです。認めたくなくても。

キレイに『さよなら』を選べたことで、黒歴史やトラウマを大きくすることなく『永遠の絆』でキッパリ終わらせることができたんです。

誇りましょう、正しく「さよなら」ができた自分を。

好きだったことを認めて決死のさよならを

二度と会えないふたりでも

胸の中で生き続ける 大好きな微笑み

So, I sing this rhapsody for you

So, I sing this rhapsody for you

作詞:竹内まりや

最後の最後に、「私」の強さが見えるのが本当に好きなんです。

『二度と会えないふたり』、つまりはきちんと『さよなら』をして、『命がけの恋』を終わらせる決死の覚悟をしたんですよ。本当に強いです。

さらに、『大好きな微笑み』ってフレーズ。

恋に破れた後も、ちゃんと好きだったことを認めています。これって案外難しいことですよね。それこそ「あなた」には裏切られたような感覚さえ持っていてもおかしくないはずなのに。

好きだった気持ちに向き合って、きちんとさよならができる「私」。強いっす!

私事ですが、ちょっと前に失恋しまして。相手が趣味の合う人だったために何をしても好きだった人のことを思い出してしまうんですよ。それでいつもは聴かないラジオを聴いていて流れてきたのが、この『純愛ラプソディ』だったんですよ。なんたるタイミング。

それから歌詞もしっかり聴いてみたら、まさに今の私にピッタリの言葉たちがひしめき合っていて…(笑)

そんな運命的な歌詞の考察をして、自分の内省もして、ちょっと前向きになれた気がします!

コメント

PAGE TOP
タイトルとURLをコピーしました