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【歌詞考察】BUMP OF CHICKEN「Flare」‐ファン歴10年の私が最速考察!

BUMP結成25周年に公開された「Flare」。

「こんなとき」だからこその歌詞と、今までと変わらぬメッセージに、胸を打たれたファンは多いでしょう。

最近のBUMPから想起されることは、やはり一人のメンバーの活動休止。

おそらくそのことも、彼らの曲作りには影響していることでしょう。

しかし、インタビューなどでも語られている通り、曲の向かう先はいつだって我々リスナーなんですよね。

今回はそんな彼らの曲作りを尊重し、メンバーの活動休止や私生活にはできる限り言及せず、素直に曲の意味を紐解いていきたいと思います。

そういうスキャンダラスな内容を求めてる方はたぶん検索上位の企業系サイト見ればいいと思います(のっけから毒づくな)。

歌詞の全体的な印象

今のこの世界に発信された曲としてまず言及すべきは、やはりコロナウイルスのことでしょう。

もちろん「Flare」はウイルスのことを語るような曲ではありません。

ただ、「一人の時間が多い」ということ、「会いたい人に、思うように会えない」ということは、BUMPが楽曲を作るうえでいつも通りに、そしていつも以上に強く影響していることを感じます。

やっぱり

もう一度起き上がるにはやっぱり 

どうしたって少しは無理しなきゃいけないな

作詞:藤原基央

冒頭から苦しい雰囲気が漂いますが、『やっぱり』という言葉があることで「あぁ、どんなこともそうなんだな、みんな同じなんだな」と思えてしまうから不思議です。

一度崩れてしまったことって、立て直すには時間がかかります。それっていろんなことにつながりますよね。

たとえば災害が起きたら、建物やインフラを元に戻さなきゃいけない。人の心も簡単には癒えない。
怪我もそうです。時間をかけて治しても、その間に出来なかったことの感覚を取り戻すのにも時間がかかる。
人と喧嘩したときもそう。「ごめんね」「いいよ」で仲直りできるなんて小学生までで、少し大人になってしまうと言えない思いを抱えたまま、下手したら一生仲直りできないことだってあります。

もちろんこのコロナの世も当てはまります。収束したって、やっぱり不安は消えない。緊急事態宣言の影響で生活が大きく変わってしまった人もいる。拭えぬ苦しみを置いて、この世を去ってしまった人もいる。

『もう一度起き上がらなきゃいけない』ようなことが例年以上に多く感じられたこの1年に寄り添うような冒頭ですね。

孤独

一人じゃないと呟いてみても 

感じる痛みは一人のもの

作詞:藤原基央

「真っ赤な空を見ただろうか」を想起させるこのフレーズは、まさに孤独を感じざるを得ないコロナ禍を生きる誰しもが思い当たるような感情でしょう。

電話もできるし、今はLINEやZOOMで顔を見て話せる。なんなら毎日会ったりする人もいるでしょう。

でも、やはり払しょくできない孤独感もありますよね。

孤独って自分のせいではないのに、自分でどうにか扱っていかなきゃいけない。
孤独が暴走しても、人に迷惑をかけちゃう。
孤独から目をそらしても、誰かのせいってことにして正当化しちゃう。

そういう「誰にでもあるどうしようもない痛み」に寄り添うのがBUMPの楽曲であり、そのBUMPらしさが出ているフレーズだなぁと思いました。

会えないということ

どこにいたんだよ ここにいるんだよ

ちゃんと ずっと

作詞:藤原基央

近年のライブでは、ファンと「会える」時間を大切にしてくれているようなMCが目立ちます。
BUMPの楽曲に元気をもらっているリスナーと、そんなリスナーに感謝しているBUMPの大切な時間である「ライブ」ができないというのは、彼らにとっても辛かったのかもしれません。ラジオも、数か月お休みしてましたしね。

間奏の「おーおー」も、ライブで一緒に歌うために入れてくれたのかな、なんて思います。

許せないこと

何が許せないの 何を許されたいの

作詞:藤原基央

印象的なこのフレーズ。

「許せない」ことって、「許されたい」ことにつながっているような気がします

マスク警察がたびたび話題に挙がりますが、マスクをしない人を許せない彼らはきっと「自分は我慢してるのに!」という気持ちなのでしょう。

私も、緊急事態宣言下の外出は控えているのに、旅行に行ってしまったりする人を見ると、チクリと言いたくなってしまいます。私だって旅行したいし、会いたい人だっているのに。私も許されたい。

でも、赤の他人を許せない自分が許せないみたいなとこもあったりして。

きっと他人を許せたら、そんな自分も許せるんでしょうけどね。

並んで歩く

昨夜 全然眠れないまま耐えたこと

かけらも覚えてないような顔で歩く

ショーウィンドウに映るよく知った顔を

一人にしないように 並んで歩く

作詞:藤原基央

一人でつらい思いを抱えた昨晩。

平気な顔で外を歩く日中。

自分のつらかった思いを無かったことにせず、置いて行かず、ちゃんと寄り添う。

『ダイヤモンド』の歌詞でもありましたね。弱い僕をここで置き去りにしたんだって。そうではなく、自分の「つらい」って気持ちをちゃんと自覚して、向き合って、無理をせず、我慢せず、『並んで』歩かないとね、と解釈しました。

さっき「孤独」について触れましたが、結局その「孤独」を癒せるのって自分しかいないんですよね。誰かが気付いてくれることもないし、なんなら他人の前では強がっちゃうし。

『感じる痛みは一人のもの』でしかない。じゃあその痛みを感じた自分を『一人にしない』であげるのは自分しかいない。

…と解釈すると冷たい言い方に見えちゃうかもしれません。でも、そうやって「君の痛みが分かるのは君しかいないんだよ、だから自分に優しくしてあげなくちゃね」という後押しをしてくれるのがBUMPらしいなぁと感じました。

『大丈夫 渡れるよ』というフレーズも、結局は渡るのは「自分自身」しかできない。だからBUMPは「大丈夫」をこのflareだけでなくいろんな曲を通してリスナーに届けてくれてるのかなぁなんて考えました。

「いままでと、これから」の象徴

過去のフレーズの多用

バンドにとって記念すべき日に公開される曲ということもあってか、過去の曲の印象的なモチーフやフレーズが多用されています

たとえば「いつか終わる」は『HAPPY』、「信号」「ショーウィンドウ」は『ウェザーリポート』、「オーケストラ」は『スノースマイル』、などなどなど。

また何度も出てくる「灯火」は『fire sign』を、冒頭の「感じる痛みは一人のもの」というフレーズも、『真っ赤な空を見ただろうか』想起させますね。

バンドにとって苦しい状況になっても、今までと変わらずに続いていくような、そんな意志を感じました。

よく歌詞に出てくる「大丈夫」も、今回も登場しています。彼らの歌う「大丈夫」には本当に大きな勇気をもらえますね。

イントロとアウトロ

また、イントロが印象的ですが、最後にも同じメロディが奏でられます。

25年続けてきたこと、伝えてきたこと、それらはこれからも変わらないよ、これからも同じように続いていくんだよ、、と言われているような印象を受けました。

まぁこれは全く個人の感想ですけどね。

ひとまず、公開されてすぐの印象や感想を並べてみました。

これからじっくり聴いたら、また違う感想が生まれてくるかもしれません。

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